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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)8258号 判決 1972年8月18日

原告 山本企業株式会社

右代表者代表取締役 山本政治

右訴訟代理人弁護士 亀丸龍一

同 垰野兪

被告 株式会社東京都民銀行

右代表者代表取締役 工藤昭四郎

右訴訟代理人弁護士 菅谷瑞人

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(原告の請求の趣旨)

一  被告は原告に対し金一七四万七一四二円およびこれに対する昭和四六年一〇月八日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決および仮執行の宣言。

(請求の趣旨に対する被告の答弁)

主文同旨の判決。

第二当事者の主張

(原告の請求原因)

一  原告は、昭和四六年四月一四日訴外脇邦雄を被告とする東京地方裁判所昭和四六年(手ワ)第五四三号約束手形金請求事件において、「被告(脇邦雄)は原告に対し金一六〇八万円およびこれに対する昭和四六年三月一八日から支払いずみまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。この判決は仮に執行することができる。」旨の判決の言渡を受けた。

二  そこで、原告は昭和四六年五月一四日右仮執行宣言付判決にもとづき、脇邦雄が被告銀行池袋支店に対して有する当座預金、普通預金、定期預金、定期積立預金の各債権について、東京地方裁判所に債権差押命令の申請(昭和四六年(ル)第一九五三号)をするとともに、民事訴訟法第六〇九条にもとづいて、右各債権の有無等について第三債務者である被告銀行の陳述を求めるべく、陳述命令の申立をした。

三  被告銀行は、東京地方裁判所の陳述命令に対し、昭和四六年五月二一日付陳述書をもって次のように回答した。

すなわち、脇邦雄が被告銀行池袋支店に対して有する預金総額は金四三二万七五〇〇円で、その内訳は、

(一) 都民リレー定期No.五九六―一   金二四〇万円

(二) 定期預金No.三三一二       金一〇〇万円

(三) 定期積金No.そ一〇〇三 金九二万七五〇〇円

であるが、被告銀行は脇邦雄に対して、すでに弁済期にある金二〇〇万円の手形貸付債権を有しており、いつでも相殺できる旨回答した。

四  ところで、原告が差押命令の申請前に行なった調査では、脇邦雄は被告銀行池袋支店に対し普通預金を有していることが判明していたのに、前項の陳述書ではこの点について回答がなされていなかったので、原告は昭和四六年五月二六日この点を明確にするため、東京弁護士会を通じて被告銀行に対し調査回答を求めた。

これに対し、被告銀行は昭和四六年六月一四日付報告書をもって、脇邦雄の普通預金残高は金三二四七円であり、被告銀行は脇邦雄に対して弁済期を昭和四六年四月三〇日とする金一〇〇万円の手形貸付債権を有する旨回答した。

五  そこで、原告は、第三項の預金総額と第四項の普通預金額との合計金四三三万〇七四七円について、転付命令をえてその支払いを求めたところ、被告銀行は金二五八万三六〇五円の支払いをしたのみであった。

六  原告は被告銀行が裁判所に提出した虚偽の陳述書を自己の利益に信頼した結果、金一七四万七一四二円の損害を受けた。すなわち、原告は、裁判所に対する被告銀行の陳述書で被告銀行に対する脇邦雄の債権として明らかにされた都民リレー定期預金二四〇万円、定期預金一〇〇万円、定期積金九二万七五〇〇円および弁護士会の照会で明らかになった普通預金三二四七円との合計金四三三万〇七四七円全額を転付債権として受領しうるものと信じ転付命令をえたが、被告銀行から原告に支払われたのは前項のとおり金二五八万三六〇五円であった。原告は被告銀行が裁判所に対して虚偽の陳述書を提出しなかったならば右差額金一七四万七一四二円の支払いを受けえたであろうに、その支払いを受けることができなかった損害を被ったものである。

けだし、被告銀行は、裁判所に対する陳述書では被告銀行の脇に対する手形貸付債権は金二〇〇万円と称し、弁護士会の照会に対しては金一〇〇万円と称し、原告に支払った際の債権は金一七四万七一四二円であるという如く被告銀行が脇邦雄に対して相殺適状にあるという債権は、ことあるごとに変化し、二転、三転している有様であるから、原告としては被告銀行の裁判所に対する陳述書記載の被告銀行の脇邦雄に対する金二〇〇万円の手形貸付債権は、被告銀行が原告に対し少しでも支払いを僅少にならしめるためか、または漫然とただその時の都合によって記述したものにすぎず、全く根拠のない虚偽のものと思わざるをえない状況下にあった。そこで、原告は前記のとおり金四三三万〇七四二円全額を受領できるものと信じ、転付命令をえたものである。

七  よって、原告は被告銀行に対し、民事訴訟法第六〇九条第二項にもとづき金一七四万七一四二円およびこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和四六年一〇月八日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(請求原因に対する被告の認否)

一  請求原因第一項ないし第四項の事実はいずれも認める。

二  同第五項の事実は認める。被告銀行は、原告が転付を受けた預金債権合計金四三三万〇七四七円に対し、昭和四六年七月九日次のとおり相殺をしたので、その残額金二五八万三六〇五円を原告に支払ったのである。すなわち、右相殺当時被告銀行は脇邦雄に対し、(イ)昭和四六年一月二八日脇邦雄に貸付けた手形貸付金二二〇万円の残金一〇〇万円、(ロ)同年三月一五日訴外株式会社脇商店を主債務者とし、脇邦雄を連帯保証人として貸付けた手形貸付金二四〇万円の元利合計金二四二万三五〇六円のうち、同年七月九日被告銀行が右訴外会社に対し負担していた定期積金等の債務金一六七万六三六四円と相殺した残金七四万七一四二円の各貸付金債権を有し、いずれもその弁済が到来していた。そこで、被告銀行は、原告が転付を受けた都民リレー定期二四〇万円のうち金一〇〇万円を右(イ)の貸付金債権をもって相殺し、定期預金一〇〇万円のうち金七四万七一四二円を右(ロ)の貸付金債権をもって相殺したのである。

三  請求原因第六項は争う。被告銀行は陳述書提出当時脇邦雄に対し、同人を主債務者とする前記(イ)の手形貸付金一〇〇万円、同人を連帯保証人とする前記(ロ)の手形貸付金二四〇万円の各債権を有していたのであって、右陳述書において被告銀行が同人に対し金二〇〇万円の手形貸付金債権を有する旨の陳述をしたのが不完全であったとしても、原告はそれにより何らの損害も被っていないので、原告の本訴請求は理由がないといわなければならない。

第三証拠≪省略≫

理由

一  請求原因第一項ないし第五項の事実はいずれも当事者間に争いがない。

二  ≪証拠省略≫を合わせると、被告銀行は脇邦雄に対し被告主張の各貸付金債権を有し、原告が転付を受けた預金債権に対し右各貸付金債権をもって被告主張のとおり相殺をなした結果、右転付預金債権のうち金一七四万七一四二円が消滅し、その残額は金二五八万三六〇五円となったことが認められる(もっとも、本訴において原告は、右相殺により消滅したとされる預金債権額につきその預金債権自体にもとづく請求をするのではなく、右債権額に相当する損害を被ったとして民事訴訟法第六〇九条第二項による賠償請求をしているのであるから、右相殺の効力については争わない趣旨であるとも解される)。

三  ところで、原告は、被告銀行が民事訴訟法第六〇九条第一項による催告に対し虚偽の陳述をなしたため、その転付を受けた預金債権のうち金一七四万七一四二円の支払いを受けることができず、右同額の損害を被ったと主張するので、これについて判断する。

被告銀行が陳述書提出当時脇邦雄に対し、同人を主債務者とする手形貸付金一〇〇万円、同人を連帯保証人とする手形貸付金二四〇万円の各債権を有していたことは、すでに認定したとおりである。したがって、被告銀行が右陳述書において、脇邦雄に対し金二〇〇万円の手形貸付金債権を有する旨の陳述をしたことは、相殺に供しうべき反対債権の表示が不完全であったといわなければならないけれども、原告のいうように虚偽の陳述をしたものと断ずることはできない。

また、前記陳述書における反対債権の表示が不完全であったことは前示のとおりであるが、そのために原告がその主張するような損害を被ったものとは認め難い。何となれば、被告銀行は脇邦雄に対し有した前記手形貸付金債権のうち金一七四万七一四二円について相殺をなしたに止まり、右相殺額は前記陳述書に記載の反対債権額金二〇〇万円の範囲内であり、原告としては、前記陳述書から窺うことのできなかった反対債権による相殺をもって対抗されたわけではないからである。

なお、民事訴訟法第六〇一条によれば、転付命令が発せられると、転付された債権の存在する限り、その券面額に相当する範囲で執行債権は弁済されたものとみなされるところ、本件のように第三債務者(被告銀行)から相殺をもって対抗された場合には、執行債権者(原告)はその相殺額につきなお執行債務者(脇邦雄)に対し支払いを請求する権利を有するものと解されるから、もし原告の主張する損害が前記法条による執行債権の消滅をいうものであるとすれば、その主張が失当であることは明らかである。

四  よって、原告の被告銀行に対する本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 村岡二郎 裁判官 白石嘉孝 玉田勝也)

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